STONEWALK KOREA 2007 BLOG

世界中の戦争で苦しめられた人々を悼むための碑石を、特別制の台車にのせて、朝鮮半島を縦断して、人力で牽きながら歩く「ストーンウォークコリア」の告知のためのサイト
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過去の過ちを次の世代に押し付けてはならない
みなさまへ

釜山〜陜川(ハプチョン)までウォークに参加し、昨日、韓国から戻って来ました。
目を閉じると、釜山の街並みやのどかな田園風景、韓国の人々の笑顔が、サムルノリの太鼓や「ヨンチャ」の掛け声とともに浮かんできて、感動冷めやらずといった感じです。
この1週間の出来事は言葉が見つからないほど感動的で、何度、胸の奥から熱いものが込み上げてきたことでしょう。
先に戻られた方々の臨場感あふれるすばらしいリポートを読み、釜山での高揚感がよみがえってきました。

実際に現地を訪ねて、SWコリアの行程が「韓国の歴史や文化にふれてほしい」と、練りに練られたプランであることを実感しました。
私たちのために食事から宿泊、フィールドワークに至るまで東奔西走して準備してくださった韓国側の方々にはただただ感謝の気持ちでいっぱいです。

「壬申倭乱」や「3.1独立運動」などにゆかりのある地を訪ねた時は、自分の知識のなさを恥じるとともに、いつか本で読んだ”共存は歴史の共有から始まる”というフレーズを思い起こし、「知る」ことの大切さを痛感しました。
また、観光では訪れることができないような町や村を通り、新緑に包まれた田園風景や一面のりんご畑に韓国の美しい自然と春の息吹を満喫。
連なる山々のなだらかな稜線はまるで寺院や村を護っているみたいにやさしく、ウォークの疲れも忘れるほど心が癒されました。

カンジェスクさんの計らいにより、5月3日密陽でのフィールドワークではチョウさんの実家を訪問。
74歳にして初めて故郷の土を踏んだチョウさんの姿にみんなが涙し、「申し訳ありません」と思わずにはいられませんでした。

エネルギッシュで熱くて、温かい韓国の人々。
碑石に刻む言葉を何時間も何ヶ月もかけて議論したけれど、“謝罪と友好”という言葉を入れてよかったと、さまざまな場面で実感しました。
国を越え、世代を超え、宗教を超え、共に力を合わせて重い石を引くことの意味を改めて、頭ではなく“心と体”で感じることができたことも大きな収穫でした。

<心に残った言葉&場面>
○「過去の過ちを次の世代に押し付けてはならない」
30日に訪れた金海(キメ)ではYMCAが出迎えてくれ交流会が行われました。そこの長の方の挨拶の中で述べられたこの言葉に大きくうなずくとともに、そのために私たち大人が今、すべきことは何なのかと考えさせられました。
☆金海では約80人の幼稚園児がウォークに参加。愛らしい姿にみんなの頬もゆるみっぱなしでした。
(この無邪気な笑顔が大人の争いによって奪われることのないようにと願わずにはいられませんでした。)
○「日本のみなさんは私のお父さんお母さんくらいの年齢。
  胸を痛めています」
5月4日(金)夜、宿舎で行われたミーティングでの韓国側の青年の
言葉。彼はドキュメンタリー映画の監督でソウルから駆けつけてくれ、出来る限り毎週、土日には参加すると言ってくれました。力強い!!
(年長者を思いやる韓国の方らしい優しさのあふれたコメントでした。)
○「羽のある鳥だけでなく、心ある人間も自由に行ったり来たり
できるようになればいい」
 「みなさんの運動がアジアの和解の懸け橋、きっかけに
  なればいい」
5月3日には世界遺産のウッポ沼近くの元小学校舎に宿泊し、夜はウッポ沼の四季を編集した美しい映像を観賞。この地域の環境運動のリーダー
的役割を果たしている方のお話に出てきた言葉です。
☆警察の方々が非常に協力的、好意的だったこと。
ほぼ毎日、警察の車が前後についてくれたのですが、交差点では汗だくになって交通整理をしてくれ、坂道では駆け寄ってきて一緒に石を引いてくれました。
最後尾を行きながら、疲れた様子が分かったのでしょう。
ウォーク隊のメンバーを車(いわゆるパトカー)に乗せてくれるというひとコマもありました。

「最後に29日から1日まで3日間一緒に歩いてくれたアヒムナ(=子どもの力でつくる国)というフリースクールについて少し紹介します。学校から校長先生、事務局長、先生、男子生徒6名、女子生徒3名の総勢十数名がウォークに参加。精神的にも肉体的にも、石を引く大きな力となってくれました。
驚いたのは2ヶ月かけて、ストーンウォークと韓日の歴史について勉強してきたということです。
校長先生は「なぜ、授業の一環として参加するのでしょう?」と子どもたちに問いかけているそうで、共に歩きながらその答えを見つけているだろうと語っていました。

4月30日の夕食の時、校長先生は
「ぼくたちで何か夕食を何か作りたいね。親子丼にしようか」と話す生徒の会話を耳にしたそうです。
(注:5月末にはアヒムナに宿泊する予定になっています。行きたいなあ〜)

5月1日夜、交流会での子どもたちの感想より
○「3日間本当に楽しかった。一生懸命、韓国語で話してくれたので笑顔を絶やさず引くことができました。かわいがってくださってありがとうございます」
○「一緒に石を引くことはとても意義深いことと思います。明日は一旦帰りますが、若い人がいなくなるからちょっと心配。もっと一緒に引きたい。残念です」

※この子の心配的中!? 4日の峠越えの時、彼らの存在の大きさを全身で
感じることとなりました。
○「多くの日本の方々とともにできたことをうれしく思います。
戦争で苦しんで地や世界に広がっていけばいいなあ」
○「今日(2日)わかったことがあります。みんなで力を合わせると
  こんな大きな石もこんな坂道も上れるんだなあということです。
  日本から謝罪の気持ちを持って来ているSWコリアのことを
  僕たちのような青少年がもっと知るべきだと思います」
○「坂道でアヒムナの二人が両腕を支えてくれました。
  これがストーンウォークだろう」
長崎から参加されている廣瀬さんの言葉です。

※生徒の言葉に「一旦帰る」とあるのは、再び合流する予定があるからです。子どもたちは5月中旬にSWに合流するの楽しみに、日本語の勉強と次回訪れる光州についての勉強に精を出しているということです。

※長くなってすみません。記憶や走り書きのメモ書を手がかりに思いつくままに書いたので、正確ではない記述、名称があるかもしれません。
間違っていたらすみません。

(※筆者の要請により一部訂正しました)
| 韓国からのたより | 22:55 | comments(0) | trackbacks(2)
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ストーンウォークについて悩みを解決するには、まずはストーンウォークについての正しい知識が必要です。そこで、ストーンウォークについての情報を集めました! ストーンウォークについて調べて、ストーンウォークに関する悩みを解決しちゃいましょう! ストーンウ
| なるほどキーワード | 2007/05/08 12:36 AM |
国を集めた
地理韓国は朝鮮半島全域を領土とし、そのうちの南北軍事境界線(38度線)以南及びその属島を統治している。38度線以北は、実際には北朝鮮政府が統治しているが、大韓民国では、地域をさす表現としての「北韓:?? プッカン」が用いられている。なお、北朝鮮も同じく朝鮮
| 国を集めた | 2007/05/24 3:00 PM |
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